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Interview 10 鬼木祐輔さん

2018/08/01

本日は日本で唯一の「フットボールスタイリスト」として日本サッカー界でも異質の活躍を続け、イタリア、そして現在はトルコと、サッカー日本代表の長友選手を専属でサポートしている鬼木祐輔さんに話をうかがおうと思います。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

と、かしこまって始まりましたが、実は鬼木は僕の教え子で『聡明舎』の一期生、最初の卒業生なんです。名前を聞いて「おっ!」と思った人はよほどの喜多川フリークですが、作家になる前に最初に書いた作品「上京物語」の主人公の名前は彼に由来しています。というわけでいつものような感じで話を進めていこうと思います。まずはどういう経緯で今の『フットボールスタイリスト』としての活動をするようになったの?

前職時代(トレーナーの会社に所属)は、もともとサッカーが上手い子が多くいる強豪校での仕事が多くて、頑張れる子を頑張れるようにしてあげた経験はあったんですけど、そういう子たちを相手していると、そもそもなんで足が遅いかとか、分からないんですよね。最初から速いので。でもそうではない身体が思うように動かなかったり足が遅かったり…という子が多いチームにも関わっていて、そういうを子達をよくしてあげたような経験がありませんでした。
だから、もともとサッカーが上手でない子を良くしてあげられた経験がないまま前の会社辞めたんです。ところが、これから自分で何かやってかなきゃいけないって時に「売る商品」がないんですよ。売る商品はないのに、仕事をする場所はあるんです。10年くらいやってるんで。
ですから「辞めたんだったら、来てよ」とか「引き続き見てくれ」って言ってくれる人たちはいっぱいいたんです。
でも、せっかくだからそういうところに、つまり、上手ではない子を上手にする方法に目を向けて、良くしてあげれたらいいなぁって思ったのが一番のきっかけですね。

もちろん、一つには自分がサッカーが上手くなりたいというのもありますけど。
だから、まずは時間ができたらとりあえずサッカーの試合を見て…こういうことは僕はできるな、こういうことは僕にはできないなとか…徹底的に調べて行ったんですね。そうしたら、気づいたことがたくさんあって。そうやって気づいたことを、自分なりにまとめていったんですね。それで2013年の6月だったと思いますが、知り合いのコーチに、
「こういうのまとめてみたんですけど、どうですか?」
ってそれを見せたら
「面白いからやってみたら」
って言ってもらえたんです。それから講習会みたいなのを自分で開いてやり始めました。

最初は大変だったんじゃない?人が集まらなかったりで…

それが結構集まってくれたんですよ。
問題はそっちじゃなかったですね。
人は集まってくれたけど、伝わらないんですよ。
「伝わってないなこれ」って自分でわかるんですよね。
悔しかったので、もう一回10月くらいにやったんです。準備もしっかりして、スライドも最初15枚くらいだったのが、50何枚になったんですよ(笑)。作り過ぎですよね。徐々に削ぎ落としていきましたけど。

じゃあ、講習会自体は口コミでドンドン広がっていったということ?

目の前にいる子たちを良くしたいと思っていたら、口コミで
「なんか面白いことやっている奴がいる」
って広がっていったんですよね。
実は僕、フリーになってから営業活動したことがないんですよ。
すごい発信力がある人が拡散してくれたり、それで広がっていっていってみたいな感じで。
いつの間にか、目の前にいるサッカーが上手くなりたいと思っている普通の子を良くしたいっていう活動が、まさか、大学の日本一のチームや日本代表に繋がるとは…
っていう自分でも信じられない広がりになっていっているんですよね。

目標や夢を持ってそれに向かって一歩一歩進んでいった…という感じじゃなかったわけだね。

具体的に目標を立てて、こうしようと思ったことなんてないですね、一切。
それこそ、こういう活動をし始めた時から、その日、その日、必死でした。ただ、ぼんやりとしてあるのは、自分の活動で少しでも日本のサッカーをよくできれば、というのはありましたね。

著書「重心移動だけでサッカーは10倍上手くなる」の前書きのところにも同じようなことが書いてあったよね。「上手な子はいいけど、上手じゃない子たちが全体的にちょっとレベルが上がるだけで、日本のサッカーが変わるんじゃないか」っていうことが。そういうことをやってみたいてぼんやり考えていたということだね?

そうですね。今、幸いなとこに日本のサッカー界のトップレベルの部分を見せてもらえているんですよね。なので、行けるとこまでは行かないとダメだなって思っているんです。それこそ日本どころか世界のトップだって見られる場所にいるんで。

だって、僕みたいな立場って珍しいじゃないですか。クラブチーム出身でもない、自分自身が選手だったわけでもないし、そういう選手の育成プログラムを見てきた奴でもない奴が、ぽっとそういう位置にいるって。

確かに、すごい珍しいことだし、単純にすごいことだよね。

そういう景色を見られる人って、多分限られている。その中でも僕のような経歴の人間が見ることができるというのは更になかなかあることじゃない。だからこそ、行けるとこまで行って、
「こういう世界だったよ」
っていうのを伝えていかなきゃいけないと思っているんですよね。
もちろんそういう世界を見られるのは彼(長友選手)のおかげで、彼あっての僕、彼あっての今なので、「こうだぞ」「ああだぞ」って自分から出しゃばって、言うつもりはさらさらないんですけど、ただ、僕は僕なりに、何か地道な発信をして、少しでも日本サッカー界に対して何かしていきたい。

昨日だって(インタビューの収録日は、2018年ワールドカップロシア大会で日本代表がグループリーグ突破を決めた翌日)なんとかベスト16になりましたけれども、選手たちの頑張りというのは凄まじいものがあると思いますが、これが本当に日本サッカー界全体の実力で繋がっていっている過程の一つなのかどうかって言ったら、怪しい部分もある気がしています。

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