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Interview13 武藤杜夫さん

2020/01/08

今日は、以前から親交のある武藤杜夫さんにお話を伺いに来ました。沖縄です。よろしくお願い致します!

ありがとうございます。宜しくお願い致します。

武藤さん、今は個人で活動されていて、その前は、正しくはなんて言えばいいんですか?

えっとですね、法務教官っていうんですけど、法務省の管轄の国家公務員になります。

それは具体的には何をする仕事なんでしょうか。これを読む方は武藤さんのことを初めて知る方も多いと思いますので。

そうですね、少年院に入ってきた子供達を改善、更生に導くための専門的な教育を行う国家公務員です。

子供達っていうのは何才くらいが対象でしょうか?

だいたい、十四歳~二十歳くらいまでですね。

彼らはどれくらいの期間、そこにいるんですか?

基本的には一年くらいなんですけれども、子どもによっては裁判所のほうで、あなたは短期間、5、6ヶ月くらい、あなたはもう少しの長期間、例えば、二年間くらいいてくださいって言われてくる子たちもいます。でも、ほとんどの子は一年間くらいと思っていただいて大丈夫です。

そもそも武藤さんが、そのお仕事をやろうと思ったのはどうしてですか?

10代の頃、高校卒業してから全国をヒッチハイクで旅していたんですけれど、そんな時にたまたま、こういう刑務所とか少年院で働く専門職の仕事があるって人から聞いたんですよ。

それまで、僕、警察の人がこういう仕事をしていると思っていたので、そういう専門の仕事があるって知って、ものすごい興味もってしまって、いきなり旅をやめて(笑)東京に引き上げて、で、勉強を始めたんですよ。

僕、やりたいことに理由ってないと思ってるんですよ。

これをやりたいって言うと、よく、なんで?って聞かれるじゃないですか。
なんかその理由をちゃんと説明できないと、それは本当にあなたのやりたいことじゃないとバッサリ切られてしまうこともあると思うんですけど…

僕は、本当にやりたいことって理由はないって思っていて。

その時も直感的にやってみたいと思って、その直感を信じました。

ただですね、ちょっと前置きが長くなっちゃったんですけど…
続きがあって…

少年院にいる時に、生徒から同じ質問されたんですよ 「先生、なんで、先生になったんですか?」「全然、先生っぽくないですよ」って言われて(笑)

そうですね(笑)確かに先生っぽくないですよ(笑)

そうなんですよ、僕、子供の頃にめちゃくちゃ荒れてて、非行に走って、本当に先生にも迷惑ばかりかける、そんな子供だったんで…
そんな自分が先生になって、先生らしくない、もっともだなって思って。

僕、子供から聞かれたことって真剣に考えるんですよ。

その時も、「ちょっと待って」って言って考えてたんですよ。

で、その時に答えたのは、「僕は、学校の先生が大っ嫌いだったから、僕は、僕がそばにいて欲しかった先生になりたいんだと思うよ。」って。
それを言った時に、すごい腑に落ちて、これなのかもしれないって、思いました。

武藤さんは元々沖縄の方なんですか?

僕、東京なんです。

それがどうして、沖縄でお仕事をするに至ったんですか?

始めは東京で仕事しようと思ったんですけど、青春時代の一番いい時期の三年間を沖縄で過ごしたので、19から22くらいまでですね。

そのせいで、地元なのに全然東京では地に足がつかなくて、僕の生きる場所は東京じゃないなって思って。沖縄「帰ろう」と思って(笑)

ということは最初は東京で勤めていたんですね。

最初は東京で採用だったんですけど。
沖縄の試験を受け直したんですよ、内緒で(笑)

勤めながらですか?(笑)

そうですね、で、それがすぐバレて(笑)
「お前何やってんだ!」
「頭おかしいのか!」って言われて。

「沖縄で仕事したいんで、ここから転勤することはできないから、だから受け直したい。」って。
「この仕事は大好きだから、もし受からなかったとしても、この試験を受け続けて、沖縄受かるまでは受け続けます。」っていう話をしたんです。

そう言ったら、当時の所長が僕のことを可愛がってくれていたので、
「転勤を来年度からさせる方向で調整するから、待ってろよ。」って言ってくださったんですよね。

そこで次の年度から沖縄で採用されて、沖縄にやってくることになりました。26の時ですね。

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