大禁忌は作輟
2021/09/15
人間の能力に「大差」はない。
特に知識やその応用といった頭を使うことについては顕著である。
でもときに、能力に大差があるように見えることがある。
そのとき、大差をつけられたと感じる側は
「生まれ持った才能が違う」
「頭の出来が違う」
と持って生まれたもののせいにしがちである。
でも大差をつけた側は
微差の積み重ねでしか大差をつけられないことを知っている。
毎日電車の中では英単語を覚えている受験生は
ほんの数分の微差を積み重ねることでいつの間にかそれをしていない人と大差がついていることに気づく。
いつも笑顔でにこやかに仕事をしている接骨院の先生は
気分次第でそういう時もあるという院とは大差がついていることを感じるだろう。
「微差」を生む振る舞いは今日一日やろうがやるまいが
人生の大勢に影響がないように見える。
確かにやったりやらなかったりする「微差」は何もいい影響はない。
でも、継続した時の「微差」は人生における「大差」を生む。
そして、あらゆる分野において「大差」を生み出す方法はきっとこれしかない。
指導者も同じである。
圧倒的指導力を手に入れたければ「微差」を積み重ねるしかない。
他の人が音楽を聞いたり、ゲームに夢中になっている
通勤の車の中や、電車の時間を
少しだけ我慢をして
読書や音声での学びの時間にあて続けている人は
自らの指導力に「大差」が生まれていることを
感じるだろう。
CD「日々漸進」はそういう使い方をしている人にとっては
大きな知識と勇気、学習意欲の源になっているはずだ。
『学問の大禁忌は作輟(さくてつ)なり』 吉田松陰
(学問を修める上で絶対にやってはならないことは、やったりやらなかったりすることだ)
「日々漸進」秋号が完成しました。
通勤時間の「微差」で「大差」を生んでいるという聴講生のみなさん。
お届けまでもうしばらくお待ちください。
指導者が元気になるCD
喜多川泰の「日々漸進」第七期 の詳細はこちら