気づかないでいたい
2022/01/28
誰もカンニングをしない試験会場なら監視をする人は必要ない。
実際に大多数の受験生は
カンニングをしたくないとおもっている。
できるのならしたいではなく、したくないのだ。
ところがそこに
合格するだけの実力を身につけていないのに
どうしても合格した人たちの輪の中に入りたいという人が現れる。
本人に問題がないとは言わないが、そういう価値観を18年間で育ててしまった社会の問題も無視できない。
結果がすべてであり、失敗したら、期待を裏切る、迷惑がかかる、失敗したやつと思われる
親に申し訳ない、それまで築き上げてきたものが全て崩れる、何もかもが終わってしまうと精神的に追い詰められている。
結果としてカンニングをすることになる。
そういう人がいると、監視員が必要になる。
ところが、監視員がいることが抑止にならず、
その目を盗んででも、と考える人が出てくると
人員を増やしたり、入口で持ち物検査を行ったり、監視カメラを設置して録画しておいて
何か問題が起こったときに後で見返してみることができる機械を購入することになる。
それでもカメラや監視の死角を利用してチートしようとする人が絶えないとなれば、
専門の業者に依頼して民間の監視システムを導入して依頼することになるかもしれない。
スーパーや駄菓子屋、本屋などの小売店でも同じことが言える。
誰も万引きしない世の中なら
監視は必要ないのに、そういう行為をする人が社会に増えると
監視をするための人件費、新しいシステム導入のための設備投資費、より安心するための業務委託費が加算されていく。
日本はそういうものにほとんどお金がかからない国だった。
国民の民度の高さによって、他の国では必要だったコストの多くが
必要なかったのだ。
東京駅
東海道新幹線は6本のホームがあるのに
東北・北陸・上越新幹線のホームは合わせて4本しかない。
そこで、新幹線が東京駅に到着してから、すぐに清掃員が車内に入り7分という短い時間で清掃を完了し、すぐに新しい乗客を乗せて、折り返し運転が行われる。「TESSEI」と呼ばれるそのチームの神業ぶりは頻繁にテレビなどのメディアにも取り上げられ、諸外国からの視察も絶えない。
しかし、逆を言うと7分で清掃が完了する状態で乗客が列車を利用しているということだ。
席を降りる時に、自分が出したゴミは持ち帰る。使ったシートのリクライニングは元に戻す。ということを誰もがする。
ゴミもシートもそのまんまという人はいないわけではないが、本当に少ない。
これが、終点についた時には鼻を噛んだティッシュや飲み終わった紙コップやペットボトル、食べ終わったチキンの骨が床に散乱しているわ、ガムのカスがへばりついているわ、ひまわりの種の食べカスがあちこちに散乱しているわ、ヘッドレストのカバーやトイレットペーパーは持ち帰られているわ、挙げ句の果てには金目のものは取り外されてなくなっている、なんてことになったら、どれだけ優秀なチームが清掃をしても一時間はかかることになるだろう。
日本の人員高速輸送による経済効果は確実に、国民の民度の高さによって生み出されているのだ。
他のどの国も生み出せなかった目に見えない利益
それを生み出してきたのは紛れもなく日本の学校教育だ。
もちろん完璧だったと言うつもりはさらさらないが
「日本の教育はダメだ!」と足りないところを見て批判ばかりして
生み出してきた素晴らしいものを見ないでいると、
教育改革によってそういう世界中でどの国もなし得なかった奇跡を失うことにもなりかねない。
国民の民度の高さによってかかっていなかったコストがどれくらい大きなものだったか、
それをなくしてしまって、他国と同じような防犯レベルになって初めて気付かされることになるだろう。
幸い、僕の近所にも監視カメラも人もいない無人野菜売り場が数カ所ある。
そんな社会のまま、できれば、気づかないままでいたいものだ。