寄り添う想像力
2021/07/02
アルバイトをしていた学生時代
「ここを片付けろ」「水を持ってこい」「〇〇はまだか」
とうるさい客がたくさんいた。
こっちが忘れていたり、オーダーをミスしたり、やることもなく暇そうにしていて
そう言われるなら仕方がないが
忙しい時間帯で、順番通り少しでも早くサービスを提供しようと
動き続けているにも関わらずそう言われることがある。
まあ、もちろん待たされるのが嫌なのはわかるが
おそらくそういうお客は、同じような仕事をやったことがないのだろう。
どのくらい待たされたら文句を言う権利があるのか
誰にもわからないが、これだけは言える。
文句を言うのは簡単だが、相手の立場に立って想像力を働かせるのは難しい。
「対立するのは簡単だが、寄り添うのは難しい」
ということだろう。
ところが、「遅い!」
と言われて「お前がやってみろ」と思っている人も
自分の想像力が及ばない別の仕事になると、
同じように「遅い!」と責める側にまわってしまうことがよくある。
テレビを見ていると
「遅い」「何やってるんだ」「どうしてこれほどひどい対応になるのか」
などとコメントする人がたくさんいる。
実際にやっている側は「これでも必死でやっているんだ」と言いたいに違いない。
「新型コロナワクチン接種」の案内が届いた。
おそらく、この案内を郵送する仕事ために、新たに人を雇ったわけではないだろうから
従来の仕事に加えて、これまでなかった仕事としてこの案内の作成をしなければならない人がたくさんいただろう。
ミスが許されない中で、いち早く届けるためにということだけを
ひたすら考えて仕事をしてくれた役所の人たちに、心から「ありがとう」と言いたい。
「寛容」になるためには「想像力」が必要だということ。