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同じ本は読めない

2021/06/14

カヤックをするときはいつも同じ場所だが
川の様子はいつも違う。
季節、天気、気温、の違いは言うまでもなく
水量、水の透明度、川底の岩の位置、
水深の違いによってできる川岸の地形
できるエディの大きさや、エディラインの強さ
すべてが微妙に、時に大きく変化していて
同じコンディションというのは二度とやってこない。

だから、毎回、同じことができるわけではなく、
他にカヤックをしている人がいたり、釣り人がいたりすることもあり
いつでも自分がやりたいことをやりたいようにできるわけでもない。
行ってみて初めて、今日はあそこでこういうことができそうだとわかる。

同じ場所に立っているだけではわからない変化も
川に入ってみると、まったく違うことがわかる。

いつも決まった時期に、同じ場所を訪れる
「定点観測」は「変化こそが自然である」ことを教えてくれる。

「同じ本は二度読めない」

という言葉がある。「二度読まない人がいる」の間違いじゃない?と思うかもしれないが
誰もが「二度読むことはできない」という意味だ。

いい本と出会うと「もう一度読もう」と置いておくことがある。
その内、どれくらいの割合で再読するのかは、人によって違うが
もう一度読むと、良くも、悪くも、必ず一度目とは違った感想を抱くことになる。
一度目とは違った文章に心を惹かれたり、
気づかなかった描写に出会い想像上の風景が加わったり、
逆にそれほど心が動かなかったりと、同じ感想を手にすることはできない。

先程の川と同じように人間の心も変化するのが自然だ。
前にその本を読んだときとは、状況も違えば、抱えている問題も、価値観も違う。
空腹だったかどうか、睡眠が足りていたかどうか、
精神的に落ち着いていたか、不安定だったかなど
細かい条件もすべて違う。
たとえ読み終えた直後に再読したとしても、その本の内容と出会う前と後では価値観が大きく変わっている。
だから、違った文章が心に残る。

その本は、前に読んだのと同じ文字が並んでいる本ではあるが
その文字を拾う読者の側の機能が変わってしまったので、同じ本ではなくなっているのだ。

面白いと感じた本を再読する経験はいろんなことを教えてくれる。
その一つが、自らの心の「定点観測」ができるということだろう。