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大河津分水路

2026/05/15

新潟県立分水高等学校で講演

「分水」と聞いて
「大河津分水路」だとわかるのは
新潟の人だけかもしれませんが
実は日本人全員にとってとっても大切な分水路なんです。

日本一長い信濃川
この川が一度氾濫を起こすと
逃げ場をなくした水が数ヶ月間も越後平野にとどまり
甚大な被害を出します。
そんな大災害が、江戸と明治の300年間で実に100回も起こっていた。
そこで山を削って直接日本海に逃す分水路をつくることになったわけです。

言葉で言うのは簡単ですが
当時の人たちにとっては途方もない計画だったことでしょう。
それでも計画しては頓挫、また初めては中止を繰り返し、
江戸時代からの悲願はようやく1922年に完成します。

1922年の完成以降
分水堰よりも下流で信濃川の氾濫は一度も起こっていません。

およそ100年前にできたこの分水路がなければ
今の新潟の発展はなかっただけでなく
日本一の米どころ「新潟」が生まれなかったわけですから
新潟の人だけでなく
日本の未来を変える大事業だったわけです。

先人の「人類の為国の為」
という思いに感謝です。