Now loading...

問題作成の心

2022/01/17

塾の先生は
教えている生徒たちの担任をしている学校の先生に会うことはまずない。
僕も誰一人会ったことはないし、顔も知らないが、どんな人なのかはよくわかっていた。

どんな性格で、どこまで知識があって、何を大切にしていて
生徒の将来のことをどこまで考えているのか。先生としての信念はどういうものか。
意地悪なのか、それともお人好しなのか。どんなスタンスで仕事をしているのか。

会ったことも、話したこともないのにわかるのは、
その先生が作成する「テスト問題」と
その試験を受けた生徒たちの平均点がわかるからだ。
場合によってはその先生が配布するプリントや授業のノートを見せてもらうこともあるが
そうなると、どんな人かは手にとるようにわかる。

たまに理不尽な「×」をもらうこともあり
「どうしてこれが不正解か先生に聞いてみな」
と生徒に促すと、
「採点基準に文句を言う生徒や、そういう塾に通っている生徒の成績は上げない」
と脅されたり
「まだ教えていないやり方で解いているから」
と言われたりすることも少なくなかった。
いや、ちょっと控えめに言った。実は結構多かった。
そう言われた生徒は、人よりも先に知りたいことをたくさん勉強することはしてはいけないことなんだと学習する。
生徒の好奇心や能力成長よりも、自分のメンツを重視するとそうなる。

「いい問題作るなぁ」
と感動するような先生がいる一方で、生徒に対する愛を全く感じない
先生の独りよがり(自己満足)的な問題を作る先生もいた。
「これじゃぁ、一生懸命準備した生徒がかわいそう」
と思える試験、例えば、去年とまったく同じ問題とか、
先生が持っている「〇〇書」の丸々同じ問題だけを出題する人もいた。
逆に一部のものすごい能力を持った生徒しか解けない準備のしようのないテストもあった。
RPGのようなストーリーを作って、主人公が「数学の謎解き」をしながら世界を救うという試験問題を作る先生もいた。一問目に到達するまでにB4の紙一枚分のストーリーを読まなければならない。(実際にはストーリーを無視して、問題だけを解いていけばいい作りになっているのだが、RPGではストーリーの中に問題解決のヒントが隠されていることが多いので、多くの生徒がその部分を真面目に読んでしまっていた。もちろん、実際の数学の文章問題も、必ず文章中に解答に必要な条件が書かれているので読み飛ばすという指導はできないはずなのだが)

作問には「人格」そして「性格」が出る。

入試だけでなく、学校の定期テストでも「人生をかけた試験」として準備をしてきた生徒は必ずいる。

まだ学校の成績が相対評価でつけられていた頃
2学期中間の数学の点数が悪く、成績が5から3に2つほど落としてしまいそうな中三生がいた。
(相対評価においては5がもらえるのは全生徒の7%と決められており、1クラス40名なら2〜3名となる。結果として自分がいい点をとっていても、それよりも上がいたら5はもらえない)
その生徒は、そのままでは自分の行きたい志望校に行けないと思い、
試験直後から2学期期末試験に向けて、まさに寝る間も惜しんで数学を極めようとした。
どんな問題が出ても解ける実力を身につけたいと、努力に努力を重ねた。
そして絶対の自信を持って迎えた期末試験。
僕も絶対の自信を持って送り出したが、その生徒は試験後、悔し涙を流しながら僕のところにやってきた。
「どうした?」
と聞くと一言。

「問題が簡単すぎた」

聞けば試験の三日前に、数学の先生が「前回平均点が悪かったから、このプリントから出すからやっとけ」と
3枚のプリントを配ったらしい。実際ほぼすべての問題がそのプリントから数字も変わらず出て、
「解き方はわからないが答えはわかった」
「試験直前に、答えだけ聞いといてよかった」
「超ラッキー」
と言い合っている生徒たちで教室は溢れたのだ。
最後の問題だけが、プリント外からの問題で、事前の準備のしようもないクイズのようなひらめき問題。
その生徒はそれが解けなかったから満点を逃した。
試験後先生は「あの、満点防止問題わかった奴いる?」と満面の笑みでクラスに聞いたそうだ。
担当している生徒の満点を防止したいという精神性についていけない。
結果として、平均点は異常に高く、その生徒は、最後の問題以外はすべて正解したにもかかわらず、
中間試験の失敗が響いて、もともと持っていた1学期の成績をキープできなかった。そして、志望校を変えることになった。

問題を作るのはその先生のそれまでの自分のベストを尽くしたものであって欲しい。

試験結果の平均点が高いか低いかの問題ではない。
問題には出題者の意図が必ず透けて見える。
それが見えたときに、頑張ってきた人が納得できるものかどうかを考えて欲しい。
いつもそう思いながら、愛のない試験問題にやり場のない思いを感じていた。

大学入試共通テストの数学が難化した。受験生が対策のしようのない変化だったらしい。
現場の高校の先生たちは、泣いて帰ってきた生徒を見て「どうしてこんな問題になるんだ」と
やり場のない思いを感じるだろう。先生はそれを感じることが大事だ。それを感じられれば、送り出す側として感じることを自らの作問に活かせる。「いい問題を作る」先生になれる。

それを感じられなければ、「そんな問題もありなんだ」と
自らの作問でも相手の努力を嘲笑うような問題を出しても平気な心になっていくだろう。

社会とは試験とはそういうものだという厳しさを教えているんだという建前はあるだろう。
しかし、やはり、先生は頑張って努力している生徒の一番の応援団でいてほしい。