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解釈は普段の思考

2022/07/22

新型コロナが社会のありようや我々の生活を変えて
二年以上になります。

日本では、学校を始め人が集まる場所では「マスク」が
すぐに当たり前になった。

ところが世界ではマスクの有用性に懐疑的で
日本でのマスク率の高さを他の国の人が驚いた時期があった。

「そこまでしてウィルスをもらいたくないのか」
「マスクをするくらいならかかる方がいい」
「マスクをしない権利を選べる自由がある」

など声が上がった。

ところが日本の人の多くはまったく違う感覚で
自らマスクをすることを選んだように思う。

「万が一、自分が感染していて無症状だった場合に、人に移さないように」
「周りにいる人が安心するように」

といった理由だ。

だから、言われてハッとしたこともあるだろう。
「そんなふうに考えるんだ」
って。

一つの他者の行動を考えてみても、
日頃から利己的に物事を考えている人は、「自分のことしか考えていないでやってる」と批判するし
日頃から利他的に物事を考えている人は、「みんなのためにありがとう」と考える。

その人の普段考えていることが
他人の行動の説明に当てはめられているだけだ。
 

戦後子供たちの間で「シラミ」が流行した。
山や森など自然の中で遊ぶのが子供だ。
「シラミ」の流行は実は今でもどこでも起こりうる。

流行を食い止める一番の方法は坊主頭だ。

家族や他の子にシラミを移したくないとか
一緒に遊ぶ子に安心してもらえるからという
「優しい」理由で、自ら坊主頭になろうとする子もいたんじゃないかと思う。

 

「ルール」はもしかしたら誰かを守るためという「優しさ」から始まっているのかもしれない。